今週は第36候(8月2日~7日)
大雨時行る(たいうときどきふる)
時として激しい雨が降る頃。
雨は時折雷も伴う。
2019.07.30更新
東京大学入学式の祝辞が話題になった、上野千鶴子先生の講演を受講してきました。
お題は
「#MeTooから#WeTooへわたしたちはもうガマンしない」
ドキッとする講題です。セクハラ等のハラスメントのお話がありました。
会場は満席、メディアの席まで用意されていました。大手メディアはこの様な話題の取材を行わない事が多い様です。
記者が上司の許可を得ようとすると却下される様です。体制に不利な事はどんな事でも隠されてしまいます。
当日はドイツのメディアが取材に来ていました。日本の大手メディアは取材に訪れていたのだろうか。
専門用語を極力使わず、優しい日本語を使っての講演は久しぶりに、解りやすい、日本語本来の美しい日本語のお話を聞きました。
東大の祝辞でも専門用語は1ヶ所だけしか使わなかったと話していらっしゃいました。
お話は、かなり耳の痛くなるようなお話ばかりでした。男性にとっても、女性にとっても。
いままで人間が作ってきた、社会の「からくり」を徹底分析、当事者研究等の手法でみごとに明らかにしてくれました。
頑張っても女も男も報われないこの社会の仕組みが理解出来ました。質問も長時間にわたり、丁寧に答えていただきました。
「ミソジニー」という言葉を初めて知りました。
聴講者はほとんど女性、男性は数名、ちょっと肩身が狭い感じでしたが、しかしお話は男性批判だけではない、社会学の手法にのっとった、人間社会の本質をみごとに明らかにしてくれました。
女性にも ドキッと考えさせられるお話だと思います。サイン会でも丁寧に遅くまで会話をしてくれていました。
大学生、主婦、教育者…年齢層も幅広く、私の様な門外漢も少しいたかもしれません。
小生もサインをいただきました。皆さん色々相談をしていましたが。
鍼灸師と申し上げると、今日の話はどうでしたかと、逆に質問をされてしまいました。
ビックリ!日々の仕事の中で考えている事と先生のお話を対応し。
また自分の立場でのハラスメントの危険性をお話しましたら。なぜか共感していただき名刺も受け取ってくれました。
皆さん並んでいたのにチョット長話しをしてしまいました。
ゴメンナサイ!そんな訳で、一緒に写真を写して戴くのを忘れて会場を後にしてしまいました。
高校野球部の女子マネージャが甲子園のベンチに入れない事や
学内事情や子供への対応を質問をした、静岡県の超名門進学校の倫理の素敵な先生と立ち話しをしました。
学校の内情を教えていただきました。
あらためて「権力」はあぶない、チカラを持った途端に、人はおかしくなってしまう様です。
しかし、いい先生も沢山います。お役人も政治家も…ちゃんとしている人も沢山いるのですね。


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2019.07.29更新
ビルの谷間に銭湯発見!
セミナーの帰り道、大通りの路地裏を歩いていたら、こんな銭湯が有りました。
東京都の文化財だそうです。
隣で写真を撮っていた、親父さんが教えてくれました。
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2019.07.23更新
今週は第34候(7月23日~27日)
桐始めて花を結ぶ(きりはじめてはなをむすぶ)
春から咲き始めた桐の花が結実して、
卵形の硬い実がなり始める時節。
投稿者:
2019.07.18更新
今週は第33候(7月18日~22日)
鷹乃ち学を習う(たかすなわちわざをならう)
鷹の子が飛ぶことを覚える頃。
狩りを学び、やがて巣立つ準備を始める。
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2019.07.17更新


ちょっとビックリする題名にひかれ又監督のトークショーがあるというので、久しぶりに映画をみました(渋谷アップリンク)
キリスト教徒でもない少年が、東京から祖母と暮らす為に地方のキリスト教系の小学校へ転校した少年のお話し。
キリスト教徒ではない、主人公は説明もなく当たり前に行われる学校の拝礼に戸惑う。
すると他の人には見えない、小さな小さなイエス様が現れる。
遊んでくれたり、何でも願い事を叶えてくれた、信じていたイエス様は大切な友人におきた大事件では何も助けてくれなかった。
雪の中で遊ぶ主人公と友人、素直な心の2人をとり巻く親や教師、クラスメート、神父様。おばあちゃん。
二人の日常が美しい雪景色と共に淡々と描かれて行きます。日々、朝、礼拝を学校で行い。
昼は神社の境内で遊び、賽銭まで納め神に祈り、自宅では、おばあちゃんと共に仏壇に線香を供える。
日本人ならではの光景をキリスト教等一神教の人々はどの様に理解し世界の映画祭でいくつもの最高賞を与えたのでしょうか。
我々が当たり前に行っている営みは純粋な心の目で見るとチョットおかしな事をしているのではないか?
少年が信じたイエス様は目には見えない「情報」という名の何者かだったのではないでしょうか。
このご時勢ですから、キリスト教(一神教)を批判する映画ではないかと前知識も全くなく観ていましたが、まったく違った映画でした。
何も、誰も批判していない、淡々と我々の日常を大人と子供の視点で映していく映画でした。
キリスト教圏の映画祭で新人監督賞を受賞した事も理解が出来ます。
亡くなったおじいちゃんが障子に穴を開けてるシーンで始まり、
何でこんな所に穴を開けたんだろうとおばあちゃんに問うた主人公が、
最後のシーンで貼り替えたばかりの障子の同じ場所に穴を開けて外をのぞくシーンで話は終わります。
忠犬ハチ公の逸話を映画にしたアメリカ映画「ハチ」の手法と同じです。
輪廻なのか、歴史は繰り返されるのか?何を監督は訴えたかったのか。
この映画のすべてのシーンは観ている者の勝手な解釈にゆだねていたのではないでしょうか。
奥山監督のトークショーで「監督はキリスト教徒なのか」と質問してみましたが、キリスト教徒の家系だそうですが、洗礼は受けていないそうです。
しかし、いつか洗礼を受けるだろうと言っていました。
監督の親友に実際におこった事実を、死んだ友人にささげる為に構想を練った作品だそうです。
あの誰にも見えない小さな小さなイエス様は何の象徴なのでしょうか。
情報?我々の常識?日常の習慣?教育?我々を奴隷にしている何者か?ではないでしょうか。
自分で考えましょう。我々の常識がお互いを傷つけています。自らも不安にさせています。
この映画は「清らかなもの」と「そうでないもの」「善」と「悪」対象的なものを沢山表しています。
美しい冬の雪景色と共に初めに、意味不明のおじいちゃんの障子の穴開け。
足あと一つない真っ白な校庭で遊ぶ2人の子供を宇宙から眺めるようなドローンの映像で映画は終わりました。
ただただ美しい、理解する必要のない純粋な画でまとめていました。ちょっと清らかな心をとりもどした感じです。
お勧めの映画です。若い監督の優しい心に触れたひと時でした。
以前観た、カナダ人 グザビエドラン監督の「わたしはロランス」の映像を思い出し二作品ともそれはそれは美しい映像でした。
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2019.07.13更新
今週は第32候(7月13日~17日)
蓮始めて開く(はすはじめてひらく)
蓮の花が咲き始める時節。
別名「芙蓉」「蓮華」とも。
根はレンコンになる。
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